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 エッセイ L−133 来客 

2012年1月26日 

新年を迎え、又中国の旧正月を迎え(1月23日)いよいよ2012年が始まったような感じです。
3月の学生のホ-ムステイ交流もそろそろ動きだし、少しづつエンジンがかかってきました。
さて今年になって2人のお客様です。
お名前は出せませんが、まずお一人目,Sさんとさせていただきます。
NHKのお仕事をなさっていまして、今話題の平清盛のお話、なんと、とっかかりが「宮島・普陀山・モンサンミシェル」です。皆さんはこれらの共通点が判りますか?
実はどれも「宗教の聖地」なのです。そして「島」です。
新年早々、私の源「観音聖地普陀山」の話が来るなんて、本当にびっくりです。詳しくは言えませんが、やはり日本と中国はつながっているのです。平清盛関係のテレビ取材ですが、なんと3月には全国放送だとか、、、。ぜひご案内しますのでご覧ください。今年のNHKは平清盛一色です。

そしてもう一方、仮にFさんとさせてください。
この方とは、京都の本山のあるお寺からのご紹介で、「日本の神社お寺を中国からの仏教関係者に正しくご案内したいけど誰かいませんか?」と言う事で我が社にご紹介が有りました。
現在中国からの観光客のニュ-スが花盛ですが、そう「仏教界」も例外ではありません。
その方々は、北の方の方々なので、私の知り合いのお寺ではなかったのですが、大きいお寺建立の為、日本を視察に来られるという事、そうです、普陀山でも昨年宝陀講寺開眼が有ったように、今や中国は経済発展と共に、「心の問題=宗教」も色々と表に出て広まっております。
中国的なお寺は華やかな、大きい、金色を施した、いわゆる派手なお寺ですが、しっとりとした趣の日本の代表的な禅宗のお寺永平寺は、中国の天童寺を模したものです。今度は日本の伝統的なお寺が中国に建立されるかもしれないというその時に、少しでもお役に立てればと願うのみです。

やっぱり「縁」は有ると思います。皆様にも、是非今年1年良い年になりますようお祈りしております。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−132 先輩とセンス 

2012年1月18日 

今年のお正月、私が「姉」と慕う方からお年賀状が届きました。
その名もずばり「王淑英」。
そうです、私の名前と同じなのです。

そもそも、中国は人との「縁」がコミュニケ-ション手段としては非常に重宝されています。
例えば同じ苗字だと同じ家族のようなものに思えるとか、同じ故郷ならより以上に親近感が在るとか、、、
よって何か商談をする際にも、「どこ出身?」とか、その他簡単な話題から共通点を見出し、
そこから親しくなって行く、と言うケースは多々あります。

そんな訳でこの方とも、京都での大学4年間の生活に非常に大きい影響を与えて頂きました。 そのひとつは、「社交性」、大学時代に色々な方々とお会いし、その経験は今の私には非常に役立っていますが、 それもほとんどすべてこの方が一緒に連れて行ってくれたりアドバイス頂いたり、 妹のようにかわいがって頂いた結果です。 いづれこの大学時代の話は、皆さんにお話しする機会があると思いますが、 何より今日は、「センス」の話です。

昨日「黒」の上着に「黒」のパンツ姿の私を見て、隣の方は 「センス無いな!その洋服、何とかしろ!」と、非難諤々、 まあ私もここ最近、着る物も、そこらにあるもので済ませていたので、 返事も出来なく、無言!

京都時代、お姉さんに、 「リンシュ-イン!いい!黒は一番簡単におしゃれが出来る色よ!黒を着たときは1つ明るい色を持ってくるの!全身の洋服の配色は3色以上はダメよ」 と教えられました。
お姉さんはいつも黒を基調に、1つ赤とか青、とか、色を持ってきて、 それに何より「美人」でした。 いつもその周りは、「花」があったように思います。 よって島根の田舎から出てきたばかりの私は、いつもこの方のそばで、陰に隠れ、一緒にお手伝いをし、買い物に付き合っていただき、 又それを当たり前のように、4年間、「妹」のように接してくれたのも、この方です。

よって私の「黒」好きは、この方の影響も大きく、 今でもこの格言をはっきり覚え、実践しているのです。
しかし中身が違いましたかね!

それを着こなせないのが、先の話の続きです。 情けないとは思いますが、この歳になっても、 「お姉さん、もう一度東京に来て!」と 懐かしく思い出した「王淑英」さんでした。

この方は中華書店と言うところで、中国関係の書物など販売していらしゃいました。
今はご結婚の為、苗字は変わりましたが、名前は「淑英」、大切な先輩です。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−131 2012年1月其の② 

2012年1月17日 

新年早々、広島のNHKの方が来られました。「普陀山と宮島・モンサンミシェル」の事で!
「うん?」と思われるかもしれませんが、この3か所に共通は、「聖なる島」です。
今NHKにて「平清盛」が放映されていますね、その関係で、何やらこの3か所が脚光を浴びようとしているらしいのです。
普陀山と言えば、、、そうです。慧咢です。中国4大仏教聖地、観音信仰の普陀洛山です。
これからどのように話が進むか判りませんが、新年早々嬉しい訪問でした。
でもこれも私の願いではありますが、先ほどの個人的願いが先に有ったので、どちらもうまく行くなんて贅沢だと思いますので、出来れば個人の願いを、、、、社長になるかお母さんになるか、やっぱりオフィス華林ですか!祈っていてください。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−130 2012年1月其の① 

2012年01月17日 

  2012年を迎えました。弊社は平成元年創立なので、この会社も今年24年になります。
多くの方々から「HP更新していないね」と言われた昨年、今年は、と思っていたところ、やはり催促の電話、反省しております。
さて、今年初めのエッセイは、「怪我」です。
縁起でもないと言われそうですが、何か悪いことが有ればその代り良い事が来る、と勝手に思っている人ですので、そんなに悪い事ではないな、と思いつつ、少し話します。
新年早々、道端の階段で転び、ひざをすりむき、なんとズボンまで破ってしまいました。転んだ位で、どうってことはないのですが、バンソコウを貼ってもなかなか傷は治らず、おまけにひざなので足を曲げられず、洋服を着る、自転車のペダルを漕ぐ、など生活に支障をきたしております。
ほんの小さいな事故なのですが、以前に比べてそのダメ-ジが大きく回復力の衰えも感じてしまい、この程度の怪我にびっくりです。
よくお年寄りが、転んで骨を折る、なんて聞きますが、「さもありなん」ですね。そういえば母も階段で転んで大腿骨を折り、入院でした。
24年、自分が年を取ったと実感はしたくないのですが、「若い時のように体は動かないよ」と教えてもらったようです。
しかしここからが、私流、自分の考え方ひとつ。
今どうしても「神頼みしたい事」が1つあります。その為、「神様!この怪我と引き換えに私の願いを聞いてください」と、祈っています。(神様・仏様ですが)
皆様はどんなお正月の出来事ですか?
今年も何卒宜しくお願い申し上げます。                                 林 淑英

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 エッセイ L−129 お礼 

2011年09月28日 

9月もあっという間に半ばを過ぎました。カレンダ-はあとわずか3枚、本当に月日の経つのは早いものです。
今回の題名「お礼」は、読んでいただいている方々全員にお礼です。
まず、中国観音霊場会の30周年事業がほぼ間違いなく問題なく終了すると思います。この25日を以て、出雲古代歴史博物館での「観音巡礼」の展示が終わります。最終的には1万6千人を超すことと思いますが、たくさんの方にお越しいただき、仏像はもちろんですが、「中国観音霊場会」と「普陀山」の事、見て頂けたと思うと、感謝でいっぱいです。
そして17日浜田市の多陀寺さんで行われました合同記念法要、たくさんのお参りの方でにぎわいました。あるお寺の方々が、バス2台にてお越しになりました。今まであまり目立たなかったお寺の方々ですが、バスで2台、という事は50名以上、本当に観音霊場会の底力を感じます。ありがたい事です。
同時に、「門戸厄神太鼓」「石見神楽」など花を添えて頂き、「人を喜ばす、人に喜んでもらう」ことが大好きな私には、そのご苦労と、皆様の心意気、感服です。
素晴らしい催しものでした。我故郷「島根県」改めて、「良いものがある」と感じつつ、この9月の2週間楽しませて頂きました。
関係者の皆様には本当に感謝、感謝です。
そして中国普陀山よりお越しの僧侶の方々、中でも「ジョウビンさん」は毎年のように日本に来られていますが、その歴史の中でも楽しい旅ができたと絶賛しておられ、又弊社の長谷川さんの随行をほめていただき、ありがたい事と思っております。
彼女も益々磨きがかかってきております。
そして、何より、このエッセイを読んでいただいている皆様へ感謝です。
吹けば飛ぶような会社ではありますが、何らかのご縁で、弊社、又は私を知った方は、必ずこのエッセイを読んでいただいていることが判りました。
講演を行って頂いた国学院の酒寄先生との食事中、ある出来事をお話したら「どこかで聞いた話だな?」とおっしゃいました。実は、このエッセイに書いた話の内容でした。昔の話と言うか、いくつもあるエッセイの中の1つの話、覚えて頂いたことに対して、又読んでいただいたことにびっくりで、感激でした。感謝申し上げます。
浜田の多陀寺さんでお会いした数々のお客様、本当にお一人お一人に感謝申し上げます。
私を通して、又弊社を通して何らかのご縁で、中国へ行っていただき、又思い出して頂き、旅行業者としての本望です。今後も「島根」の「縁結び」にちなみまして、たくさんの方々とご縁を頂きたいと思います。ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−128  仕事ばかりで家の事はどうしているの?

2011年09月22日 

これは自問自答のエッセイと言うか、つぶやきです。
今年になり、1か月の半分はどこかに出張しております。特にひどい時は、三分の二、何らかの用事で海外、国内と動き回っております。途中今自分がどこにいるのか、判らなくなってしまう(ちょっとオ-バ-ですが)錯覚もありました。
「これで良いのか!」と自問自答しながら、「家」の事思い出さないようにしています。
ご存じのように、独身ではなく、唯一の自慢「出産」を経験し、息子が一人います。伴いまして旦那さん、もいます。普通の家庭であれば、お母さんが家にいて、お父さんが会社にいて不在気味、でしょうが、全く反対です。自慢感はなく、申し訳ないと思っていますが、そう思うと、「へなへな!」としぼんでしまいそうなので、仕事中は、思い出さないようにしています。
洗濯は?食事は?掃除は?考え出すと止まりません。そこで電話を掛けるとケンもホロロ、「大丈夫!」とすぐに切られてしまいます。だから出張中は全く電話も掛けません。
前にも書きましたが、わが息子は「母は居ないと思っている」と私に言った経緯があります。あてにしていないというか、当てにすると、裏切られることが多く、もうすでに母親としての存在と威厳は保たれていません。全く「母は仕事をしているのが一番」と思っているらしく、朝ゆっくりしていると「仕事行きなさい」「なんで会社に行かないの」「出張は?」とか、そういう会話しかしていないような気がします。
実はここのところ我が家では、息子の病気、というか「入院・手術」と言う話がありまして、というのは、私はこの話の蚊帳の外なので、詳しい事、旦那から聞くだけなのですが、それでもあまり詳しく教えてもらえず、「まあ、大丈夫だから、考えないでいいよ。」と言う冷たいのか温かいのか、そんな返事でしか返ってきませんが、何やら事が進んでいるようです。
私が心配しても始まらないし、又心配して治るものでもなし、いわゆる黙っていてくれればよい、という男二人の考え方らしいのです。そして私もこの事、真剣に考える頭もなく、(知識的に)ただただお医者様にお任せし、いざとなったら、身代りに、なんて粋がっております。
皆さんは心配しないでください。「気胸」という病気らしいです。しかしこの病気、原因は精神的なものとストレス、そして栄養不足など、私には心当たりがある原因なのです。
きっと長年のこのノ-テンキな仕事バカが引き起こしたものではないかと、思っております。
よって、母親失格、と言えば簡単かもしれませんが、ここでも息子に迷惑をかけていると思うと、情けなく思いますし、又恥ずかしくも思っています。
仕事ばかりの母親ですが、たまにはこういう告白をして自重しなければなりません。
しかしながら、ストレスと栄養失調と、、、絶対原因は、私、だと思います。将来わが息子の嫁になる方には、ぜひ「料理」が得意な方にして頂き、ついでに私にも作ってほしいとひそかに思っております。
こんな考えだから、ダメなんでしょうね!お恥ずかしい限りです。(息子は今、日本で一番この病気のご専門の先生に診て頂いておりますので大丈夫です)終わりです。

                                                 林 淑英

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 エッセイ L−127 大連にて

2011年08月19日 

今週中国の「大連」と言うところに行ってきました。
個人的な用事でしたので、ついでに言わせて頂くと、主人との1年ぶりの旅行でましてや、2人っきりと言うのは18年ぶりと言う事になります。
まあ、二人とも仕事が絡んでいましたので、「楽しい」、と言うより、「大変!」という事で、何よりの楽しみは大連の海鮮料理、でした。案の定、「ウニ」は大粒で、甘く、何より「安い/500円/個」という事がうれしく、2回も食べに行きました。
今回のニュ-スは、入国審査の際に審査官に「?」と、呼び止まられ、パスポ-トをしげしげと見られてしまいました。
いつもはこんなことないので、「?」と、「なに?」と聞くと、「あなたは日本生まれか?」「なぜ日本籍ではないのか!」と言われ、「なんで?」と、しばし押し問答、係の偉い方が来て、無罪放免でしたが、私にとっては腹立たしい小さい出来事。
後で判りました。この日「大規模なデモ」が大連でありました。ご存知ですか?
化学薬品の会社の垂れ流しとか汚水とか、現地の住民に言っていなくて、8月半ばからこの「デモ」の予報があり、私が行った日は、ちょうどこの日8月14日です。
入国の警官がピリピリしていた訳です。
1年に10回以上も出入りする私をジャ-ナリストと勘違いしたようです。
まあその「デモ」も、運転手さんによると、市の幹部が出てきて説明し、住民の要求をのみ、謝罪したそうです。まさに住民の勝利、中国の民主主義と言うか、中国の発展は、経済だけでなく、確実に変化しつつあります。
夕方、その海鮮料理を食べている頃は、街に警察官の大型車両が何台も走り、封鎖されていた道路が解除され、一般車がその後をつながって走り、日本では絶対に見ることない光景でした。
中国も、ネットや携帯、又何より住民が声を上げて主張し、周りの人々も自分の意見を言い、理解しあうという背景が少しづつ、目に見えてくるようになりました。
ぜひ暖かい目で、じっくり待ってみてください。私は中国は確実に変わりつつあると思います。
タクシ-の運転手さんさえ、この「デモ」を支持し、又その解決方法を支持し、私たち外国人に、「良くなるよ」と言ってくれました。
おいしい海鮮料理を食べに、又中国へ行きたいとも言っています。
来週から「サマ-キャンプ」です。
日本の大自然に、もしかすると来年は中国の若者が来るかもしれません。
大いに国と国を行き来したいと思います。

                                      林 淑英

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 エッセイ L−126 八重垣神社

2011年08月09日 

みなさん、最近「島根」がクロ-ズアップされていますが、ご存知ですか?
もうすぐ10月、「神無月」が出雲では神様が全国からお集まりになるので「神有月」と言うのです。
その大きい存在が、ご存じ「出雲大社」、今では縁結びの神様として大勢の方がお参りに訪れます。またこの影響かどうか、今日本で一番パワ-スポットの場所として有名なのが、この「八重垣神社」です。
出雲・松江出身の私としては、、、行ったことない、なんて言えません。
実は、高校のマラソンは確かこの神社が折り返し地点のはずですが、全く記憶にないのです。
なんという事でしょう!!ものすごく近くにいながら、この無教養!
そこで久しぶりの帰郷に、行ってきました。
まずは母校松江南高、なんとバス通りの三差路上乃木の三差路がありません。(ローカルな話ですが)そこは立体交差になり、あっという間に、どこへ行ったか分からなく、思わず道を聞きながら、坂を上り、見つけました。「わが母校」
しかし記憶にある学校は新しく建て替えられ、全く面影もなく、「これが!!」と絶叫でした。
しかし今でも地元では有名な進学校で、そこの出身の私としては、そこそこ自慢ができそうなのですが、何せぎりぎりで入学できたと思いますので、思い出さないうちに、次はいよいよ八重垣神社へ。
しかしこれまた、迷う事30分、「標識はないのか!」と、地元の道案内の不備さに、怒りつつ、数回人に聞き、やっとこさ、八重垣神社へ到着。
みなさん、すごいですよ、この雰囲気、荘厳な環境、厳粛な空気、本当に素晴らしい空間でした。
縁があるようにと、紙に10円玉を載せて浮かべ、その速さで縁を占う池、東京から来たという若い2人連れに、思わず「早く沈んだね」と、声を掛けつつ、しばしそのたたずまいに、見とれていました。
みなさん、ぜひぜひ一度島根へ行く予定があればお立ち寄りください。
出雲大社もすごいですが、この八重垣神社は必見です。
帰りに車を反対方向へ向かったところ先ほどのわが高校は、この場所から5分のところにありました。
逆方向へひたすら急いだ自分は本当に旅行会社の者か、と思いましたが、次回皆様をお連れする良い勉強になりました。
ぜひお出かけください。                                       林 淑英

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 エッセイ L−125 その後

2011年08月09日 

前回のエッセイで、「落ち込んでいるので、次回の出雲での講演会が、、」と書きましたが、その通り、ものすごく元気になり、やる気になって東京へ戻ってきました。
もともと、くだらない「夏バテ」のせいにして怠けていただけなのかもしれませんが、やはり「人」は行動するべきですね。
少し出雲での事お話ししましょう。
題名は「古代の海商と中国舟山群島-観音信仰の担い手たち-」です。
講師は関東学院大学の田中史生先生、まだまだお若い先生で、どうして?と言うこのご縁に、私が中国「普陀山」の事を熱心に宣伝しているのは、日本人僧侶「慧萼」「えがく」が開祖である普陀山が、年間400万人もの観音信仰の参拝者で、にぎわっており、その開祖が日本人の僧侶、どうしても日本の方々に知っていただきたく、これこそ日本と中国の仏教交流の原点だと思い、中国観音霊場会を通じて毎年交流事業を行っております。ある日、本当に偶然、朝日新聞に、この「慧萼」「舟山群島」の研究をしておられる田中先生の記事が掲載されたのです。それ以来、押しかけて、講演会をお願いしたり、仏教の事でご相談させていただいたり、今回も出雲歴史博物館での講演をお願いした訳です。
中国観音霊場会はこの観音仏教聖地普陀山と20年も交流をしております。毎年の訪中団参はもとより現在は普陀山からも毎年来日され、日本のお寺を見習って、島はきれいに整備され、益々信者さんや観光客を集めております。
その先生のご縁で、次回は酒寄先生と言う「円仁」の研究で有名な国学院大学の先生が講演をなさいますが、これまた酒寄先生の教え子の方々も大勢出雲にいらっしゃり、楽しみにお待ちですし、田中先生のこの研究のきっかけが、出雲のお隣の大田市の僧侶の方、「高野山大学元学長/高木訷元先生」で、これまた中国観音霊場会はもとより真言宗高野派の方々にはとても有名な方で、これまたご縁ができたと、つながりました。
もう一つつながったのは、この田中先生と、私がお仕事させて頂いている学校の校長先生とお知り合いと言うのが、昨日判り、なんだか、動き、人と会い、話、そんな行動で、この1週間落ち込んでいる暇はないと改めていろいろなご縁にファイトが湧いてきました。
ぜひ、今回の講演会にご興味のある方は、お申し出ください。田中先生の当日の配布資料、お渡しします。(面白いですよ!)
そこには、「観音」が、どのようにして当時の交易に役立つのか、国、地域を越え、見知らぬ人と会った時に、手を合わせ「南無観世音菩薩」と唱えることにより、初対面の人に脅威を与えず、まずは、知り合うきっかけとなった事、自分で想像しても、「そうだな!」と納得いくお話でした。
ホ-ムステイでも、どうしたらきっかけができるか、よく学生達に話をしますが、私は、まず「こんにちは!」と相手の国の言葉を言う事、そしてそれを言う時に、それにプラスして「笑顔!」と言って教えます。
「ニッコっと笑う笑顔がかわいいよ!」と。
なかなかできないことと思いつつ皆ができる事、それは、やはり自分を信じることです。
子供たちにも大いに人と話、接して、行動してもらいたいと思っています。
きっといい事、いいご縁があると思います。                              林 淑英

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 エッセイ L−124 古代出雲歴史博物館—観音巡礼-中国路の古寺と仏像

2011年07月28日 

7月22日より9月25日まで、出雲にてこの展覧会を開催しています。
というより、宣伝です。出雲地方のお客様にはぜひともお勧め致しますし、中国地方の方々、又何か行く機会のある方、ぜひともお立ち寄りください。
この点欄には日頃から私がお世話になっております「中国観音霊場会」のご寺院の仏像が数多く展示されております。めったにないことですし、これまでの中国観音霊場会と中国の普陀山の交流の歴史なども、パネル展示しております。ぜひご覧下さい。

実はこれは中国観音霊場会の30周年記念事業の一環なのですが、思えば3年前、出雲では名だたる「一畑寺」さんと、一緒に、この30周年に何をしたらよいか、車の中で雑談しておりました。そこで出てきたのが、この話!すぐさま、車の中から歴博の担当者の方へ電話し、「興味のあるお話ですね!」と、回答を頂き、それからトントン拍子に事が運びました。

22日、そのオ-プニングには、「声明」(という仏教のコンサ-トのようなもの)をご披露し、無事に開幕式を終えました。
まずは順調にスタ-トしております。

7月31日には、その普陀山の開祖「恵愕」のお話の第一人者、田中史生先生の講演会、
9月11日には、「円仁」の研究で最近新聞にも発表された、酒寄雅志先生の講演会があります。
メインは、9月17日に浜田市の多陀寺にて、中国観音霊場会が一堂に会し、又中国普陀山より法師の方々が来日一緒に、世界平和と、東日本大震災の鎮魂の法要を行います。
ぜひぜひ、ご予定頂きお越しいただきますようお願い申し上げます。

*私の起爆剤はこれらになるかも知れないかも!と今思っています。

                                                 林 淑英

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 エッセイ L−123 暑中お見舞い申し上げます。 

2011年07月28日 

暑いですね!
台風のお蔭で、少し涼しく感じますが、それでも蒸し暑い夜が続きます。
このエッセイも久しぶりで、この間本当にいろいろなことがありました。
以前、思いついたときにメモできる手帳が欲しい!と書いたところ、お客様から本当に「これ小さいけど使い勝手が良いよ!エッセイのネタ見つけたら使ってください」といただきました。
「ごっつぁんです!」と、本当にありがとうございます。使っています。
それと、またまたパソコンを壊しました。
これで何台目でしょうか!!!(前に書いたエッセイを読み返すのが怖い)
その為、今までの連絡先、メール、予定表など個人の情報がすべて失われ、茫然としていました。
私より活躍している長谷川さんのPCは全く丈夫に賢く生き延びていますが、どうして私のPCは、壊れるのか!
一言「使い方が悪い!」でした。
通常、よっぽど何かしない限り、壊れるという事はないそうなのですが、修理に出すと、8万円、お蔭でこの夏のバ-ゲンには、行ける資格もなく、10万円で、又PCを買い、新しい連絡先など、1つづつ、入力、全くこの暑い日に、なにしているんだ!と自己嫌悪。
そんな中、中国新幹線の事故、全く、やってくれますね!!
新聞やテレビの報道に、一言も返せず、ただただ、秋の旅の新幹線乗車はやめよう、と心に決め、「中国」の二文字が大きくのしかかり、PCの事もあって、何も進まず、まさに「夏バテ」のせいにしてこのところ、怠けております。
みなさんはいかがですか?
学生時代の夏休みが恋しく、休みと言っても、目的もなく、新しいテレビ(地デジ化)を見ても面白くなく、全く「何を贅沢なこと言っている」と怒られながら、日々過ごしております。
しかし、日本全体が、沈みかけていた時「なでしこ」はやってくれました。
私は、この時、早朝より起きていたにも関わらず、後でビデオで、○○さんと見よう!と、読書をしておりました。その結果、「優勝!」なんてバカなんでしょうか!世紀の瞬間を見なかったという、バカなことをしてしまいました。
何か、自分自身の起爆剤を作らなきゃ!と、今は考えております。
ちなみに長谷川さんは、夏休みには、ちゃんと「旅行」を計画、楽しんでいます。
PCにしても、趣味にしても、うらやましい限りです。
みなさんは、せっかくの夏休み、ぜひ私の二の舞にならないようにお楽しみください。
時節柄お身体ご自愛いただき、楽しい夏をお過ごしください。 林 淑英

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 エッセイ L−122 その続き  2011年06月06日 

5月10日、中国四大佛教聖地「普陀山」では、宝陀講寺の開眼法要が挙行されました。
招待客4000人、その中の一部です。
ほとんどは、寄進をされた地元の方(総工費6億元)、役所関係、政府要人等、相変らずの中国的式典でしたが、我々は、特に臨済宗佛通寺派の方が参加していらっしゃいましたので、日本式に参拝の佛式のお祈りをなさっていました。(地面に敷物を置き、その上で三顧の礼)でしたが、大型画面で写され、周りの中国人の信者さん達は、びっくりというか、しみじみと見ておられました。(すみません。上手く表現できなくて!)
日本式の佛法と言うのもなかなか良いものです。皆さん暑いのに、如法衣も来て頂き、法要に華を添えて頂きました。(衣の色がきれいですね)
この開眼により、今後の参拝客は、島の北側のお寺へのお参りも増えると思います。今までは南側の普済寺近辺が多く、かなり混雑していました。
是非又機会が有ればお参り下さい。

5月12日、全員中国より帰国しました。
しかし、こういう事もあるものです。
上海から広島へ向かう飛行機が、広島空港付近の大風と大雨の為、天候不良で、飛行機が欠航、その為広島行きの方々は、そのまま上海のホテルに宿泊、次の日13日の朝、広島へ飛ぶと言う事になりました。
実はこの時私は本団にて韓国経由で、広島空港へ向かっておりましたので、この連絡はまさに飛行機の離陸直前で携帯電話の電源を下す直前にかかってきました。(ほぼ同時)
上海の空港の係の方に代わってもらい、良く言って置き、幸い皆さん事情が事情だけに、ご了解いただき、その夜は、上海宿泊、13日午前、無事広島到着でした。後にお手紙で「より思いで深い旅行になりました」と、言って頂きました。(ふう!)
しかしながらどうしても帰らなければならない方もいらっしゃり、交渉の末、最終便関西空港行きに乗られた方もいらっしゃいました。(すごい交渉力)
ご予定の方は、まず間に合ったらしいので、それは一安心ですが、本当に最後まで何が有るか分かりませんね!(お疲れさまでした!)
皆様、旅行はご自宅に到着するまでが旅行です。旅行傷害保険もそのようになっております。是非最後ご自宅まで気を抜かず、無事に到着されます様、又ご迷惑をおかけしました広島着の方には、お詫び申し上げます。(何もできなかった事を) 林 淑英

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 エッセイ L−121 毎年の団参  2011年05月27日 

5月7日より5月12日迄、例年行われます中国観音霊場会の団参へ行って来ました。
今年は趣向を変えての、韓国と中国の2カ国、なかなか近い国同士ですが、お互いに直行便が同じ航空会社では移動できないので、帰りは韓国経由の帰国となりました。
韓国ソウルでの幻灯祭り、中国普陀山での宝陀講寺の開眼法要と、内容的には十分な催し物、ご参加の方々には、忙しい日程ではありましたが、めったにない行事でしたので、お楽しみ頂けたかと思います。

韓国もお釈迦様のお誕生日、国の祝日です。子どもから大人まで、それぞれの形でお祝いム-ドです。
昼間は、街を歩行者天国にして、それぞれに出店を作り、手作りの物を売ったり、佛教に関するもの、たとえば「ちょうちん」を作って無料配布したりお寺や学校、会社単位で、その日を楽しみます。
前の夜は、パレ-ドです。ソウルのメイン道路を、通行止めにして、各団体が、パレ-ドを行います。
その数、数万人、沿道も人でいっぱいです。弊社は、メインの舞台が有る中央広場に席を設け、そこに座っての観覧です。夜は寒かったのですが、「ちょうちん」を配り、ほんの気休めの暖炉にして、長い楽しい、奇麗なパレ-ドを見ていました。
子どもの頃からこのように佛教に触れ、又それを休日にして楽しみ、より身近に「宗教」を国の中に浸透させる、本当に意義ある行事でした。
日本にも、「花祭り」が有りますが、地域性が強く、ましてや国を挙げて、なんて、ありませんね。
年に1回クリスマスを祝うように、お釈迦様の誕生日も、楽しく祝う事が出来れば、もう少し「心の癒し」が出来るかもしれません。楽しい行事でした。いつか出て一緒に楽しみたいですね!
それから中国です。
上海から杭州湾を跨いで、杭州湾大橋(36km/世界一の海の上の橋)を通り、そのまま寧波へ向かい、高速を降りることなく、島を跨ぐ、舟山大橋を渡り(いくつかの島をつないでいます)、普陀山のすぐ目の前の島(朱家尖)迄行けます。今や高速道路がつながり、ついこの間、寧波と、この舟山は一度高速を降りることになっていたのですが数か月の間につながってしまいました。あっという間の普陀山です。しかしながらやはり距離が有りますので4時間半、の道のりですが、以前の事思えば行きやすくなりました。又この船乗り場も、大きな駐車場、これからはここまで皆さん車で来て、普陀山へお参りに行くのでしょうね!まったく中国の道路事情は本当に良くなりました。続きは又お知らせします。

                                                 林 淑英

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 エッセイ L−120 義捐金  2011年04月12日 

 4月2日、中国より帰国しました。
毎年行われている青少年交流のホ-ムステイ交流です。
こういうものすごい時期でも、同じように出発が出来、又継続が出来ました事、関係者の皆様に感謝申し上げます。
実際受け入れ側の中国側でも今年は来るのだろうか、との声も多く、大変心配されていました。
上海外語大学付属外国語学校の張校長先生が「担心・放心・快心」--『始めは心配し、来る事になり安心し、今実際に迎えられて、楽しみになりました』とあいさつされました。
担心は、心配する放心は、安心する快心は、楽しい気持ち、です。(心をかけてあります)
お陰さまで10歳から18歳までの子どもたちは北京での3泊、上海での2泊、それぞれのホストと共に、中国での一時を楽しんでくれたようです。
そんな中、北京のベルギ-大使館では、大震災のチャリチィ-バザ-が、在中国の外国人、主には日本人の方々ですが、3月26日にベルギ-大使館にて行われました。
我々大人だけで参加し、北京月壇中学で頂いた「がんばれ日本・加油日本」の10mの横断幕を披露し、在席の方々に見せました。
実は、この26年もの交流を継続している北京月壇中学の生徒が全員で、この横断幕に文字を入れ、義捐金も集めてくれ、今回私達が参加できなかった仙台・東北の子ども達に渡すよう、頂いたものでした。
横断幕を見た時には、被災された方々のあのテレビに映る光景が目に浮かび、涙が出ました。
それを見ていた校長が、「25年間小林(シャオリン)の涙を初めて見た!」と、冗談交じりに、日本の被災地への応援メッセ-ジを述べてくれ、又今年もこの青少年交流が継続できた事、喜んでくれました。
隣の国とは言え、世界中の国からの応援、一部ですが、ありがたく持って帰りました。
ここでおもしろい事に、各クラスでは「募金箱」が後ろに有り、だれがどの位募金したか、グラフで発表されていて、金額が分かるようになっていました。
理由は色々とあると思いますが、日本とはちょっと違うシステムです。もちろん多い少ないと言う比較も有りますが、お金の管理とか、ではないかと思います。
それにしても先の日本人チャリチィ-では、約780万円も集まり、月壇中学では5000元(約7万円)が集まり、現在ラボ国際交流センタ-でも同じく義捐金を募集しています。
私は会社としても、個人としても、できる限りの募金活動をしていますが、仙台のお客様の息子さんが、音楽家としての活動を通じての募金活動を展開しておられます。是非興味のある方はお願いします。
彼の名前は,DJケンタロウ-、世界中に知られたミュジシャンです。一度のぞいてみて下さい。
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募金活動「Spin for Japan Project」DJケンタロウ、五次元図案構成、

macha、Sharの協力で始めました!是非皆様のご協力をお願いします!
http://www.djkentaro.jp/spin-for-japan/
収益の全額を赤十字を通じて東北へ募金します。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−119 震災について  2011年03月22日 

 3月11日、中国普陀山に居ました。
ちょうど長谷川さんと、国際電話を終え、この電話内容も知人の息子さんの東京大学合格の嬉しいニュ-スでしたので、二人で喜び、電話を切った所に今回の仙台東北地震です。
東京のビルは大いに揺れ、立って居られないほどで、ビルの外からは悲鳴が聞こえたようです。這って、外へ飛び出し、やっとの事で、室内に戻り、大事な物を持って自宅へ5時間かかって帰ったそうです。
東京に居た人は、みな「怖かった」とその恐怖を話しています。
自宅には、息子が家の中で、這いつくばり、外の公園には、人が集まっていたようです。その後食料もあっという間にス-パ-から消えて、街の中は帰宅難民でいっぱいだったようです。
そんな訳で、海外に居た私には、まるで他人事のようでしたが、この出来事は中国のテレビで知りました。映画のシ-ンを見ているようで、日本に帰り、新聞の写真で、じわじわと実感です。
帰り際、中国の方々から「日本国民にお悔やみ申し上げます」と言う言葉をもらい、なんだか他人事のような、ぼやっとした気持ちで、飛行機に乗ったのを覚えています。
誰が想像できるでしょうか!
こんなにもすごい事が起こるなんて!!
びっくりびっくり、そして何とも言いようのない人間のもろさと、自然の脅威と、どうしようもない無力感と、、、、。
でも連日テレビでの被災された方々が「私は大丈夫だから安心して!」と遠くの親戚に声を伝えている姿、大丈夫じゃないよ!と、何もできない自分が恥ずかしく、「凄いな!」としか感じられず、やっぱり日本人ってきちんと皆さん自分の事ばかりではなく、こんな時も人の事気使い、信じられないほど落ち着いて、でも本当は、すごく大変なのに、、、、と複雑な思いでテレビを見ています。
色々な方から東京に居る私への心配のメール、電話、本当にすみません。ありがたい事と思います。
ありがとうございます。
私は元気です。そしてこれからも節電と自分が出来る事、粛々とやって生きて行きます。
下を向かないで、前を見て、歩きましょう。
皆さん、日本はへこたれませんよ!みんなでこの日本を復活させましょう。東北の方々、今しばらく我慢して下さい。もうすぐ、時間がかかりますが、次の事、一緒に取り掛かりましょう。

今回被災に会われた方々、関係者の方々に心よりご冥福と敬意を表し、皆さんが1日も早く、普通の生活に戻れる事を祈り、そして、次の時代へ一緒に頑張りましょう。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−118 中国へ旅立つ若者  2011年03月08日 

 3月下旬は、弊社にとって、中国との青少年ホ-ムステイ交流が真っ盛りの時期です。
今年の3月には総勢50名ほどの日本の学生たちが中国の北京と上海で、ホ-ムステイ交流を始めます。
送りだすご父兄の方々で、「オフィス華林」って?と、このホ-ムペ-ジを初めて見られる保護者の方々も多い事と思います。
説明会でも申し上げておりますが、「百聞は一見にしかず」です。
若い時に自分の目で、海外を見る事、感じる事、友達を作る事、これがどんなに大きい事か、じわじわと実感するのがこの交流の特徴です。
もちろんただ単に、ついて行けば何とかなる、なんて考えないで下さい。「準備」が必要です。
準備と言うと、何より「自分」への準備です。
きちんと自分の声、言葉で、自己紹介が出来る、挨拶が出来る、そして意思を伝えられる、その上で、次はどうしたら、楽しいのか、喜んでもらえるのか、判ってもらえるのか、その場その状況において、自分はどうしたらよいのか、考えながら行動する事です。
もちろんホ-ムステイ中はホスト以外は誰も、助けてくれません。自分のホストと一緒に、コミュニケ-ションを取り、滞在中の色々な思い出を作り上げるのです。
言葉に書くのは簡単ですが、その場で、その雰囲気で、自分たちで考えて、行動を起こす、同じ世代の外国の友達、100%は無理だけど、その思いが通じるよう、自分をいっぱいアピ-ルして、悔いのない、ホ-ムステイ交流をやりましょう。
どうぞこの弊社エッセイHP上に、過去の先輩たちの様子や私の感想など、少し記しております。お読み頂ければ幸いです。ポンと、背中を押して、信頼して送りだして下さい。
今年は定員がオ-バ-し、お断りした学生さんも居ます。25年で、初めての年になりました。感謝感謝です。皆さん、隣に住む中国の友達に、大いに期待して下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−117 花粉症 2011年03月08日 

 3月に入り、暖かい日と、なんと雪の日と、慌ただしく天気も変わり、少しずつ春にはなって来ているのだと感じる今日この頃です。
皆様は、どのようにお過ごしですか?
私はこの題名にも有ります様に、「花粉症」で、ひどく落ち込んでおります。つい2年前までは、この症状がこんなにひどいとは夢にも思わず、自分には降りかからない火の粉、と思っておりましたが、最近は、特に、目は痒い、鼻水は出る、顔は赤く熱を持ち、くしゃみは当たり前、ひどい症状が続いております。
しかし、この3月、何かと忙しい日々が続いており、そうも言っておれない状況なのですが、幸い、中国には花粉症は無いのです。
「杉の木」がないと言う事でしょうか、それとも植物が少ないせいでしょうか、この時期、中国へ行くとピタッと、止まるのです。
今も薬を抱えて旅立寸前ですが、より強力な目薬を持ち、日本の空港さえ乗り切れば、あとは中国、少し自分の症状がどのようになるのか、楽しみになってきました。帰りましてからご報告申し上げます。
皆様季節の変わり目、お身体にはお気をつけ下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−116 旅行博覧会2011 2011年02月28日 

 弊社が、NPO法人普陀山佛教文化交流協会を設立したのはお知らせしましたね。
日本の僧侶、慧蕚が、五台山から観音菩薩を持ち帰ろうと、日本へ向かっている時、波が来てこの普陀山と言う島に辿り着き、そこから進めず、この地に、観音菩薩を奉納したのが、この世界的に有名な観音聖地普陀山の謂れだと伝えられております。
その為、私はやはりこの普陀山の開祖が日本人であると言う点が、一番心魅かれます。
日本の方々に、是非普陀山との観音のご縁を、と、思いこの法人を中国観音霊場会と言う日本の中国地方のお寺の方々と設立しましたが、なかなか、知名度が広がりません。
そこで、今年の9月末から10月、東京で行われる「日本旅行博覧会」に出展する事になりました。来場者人数11万人と言う日本で最大の旅行博です。
是非この機会に、「普陀山」を知って頂き、日本と中国は、こんなご縁も有るのだと知って欲しいと思っております。今から準備で胸はわくわく、ですが、良いアイデアがあれば教えて下さい。来場の方々に楽しんで頂ける普陀山紹介にしたいと思います。東京地区の方は是非ご来場ください。世界中のブ-スがあり、1日中楽しめるイベントとなっております。9/28~10/2迄です。宜しくお願いします。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−115 今日この頃 2011年02月28日 

 中国のお正月も終わり、学校も始まり、役所関係も動き出し、この2月末と言うのは、中国では新しい年を迎えた、という新鮮な感じがします。
又弊社では、3月の子ども達のホ-ムステイを迎える時期に併せて、名簿作成や、出発の準備等で各地でその為の説明会等行います。
子ども達も今や、ネットやテレビの影響を受けているので、「中国」のイメ-ジがある程度は有るようで、昨日の説明会で「中国とは?」と言う質問に「人口の多い国」「経済発展のすごい国」「中華料理がおいしい国」等彼ららしい言葉が出てきました。
確かに、人口は多いし、経済発展もめまぐるしく伸びています。
是非肌で感じて来て欲しいと思います。
ただ、その説明会では大人の方が同席していましたので、「なるほど子どもらしい回答だな」と、思いつつ、大人が居ない場での話では、「中国では反日運動がある」「中国は共産党の国だ」と言うコメントが出ました。子どもなりに(11歳から14歳)テレビや新聞報道から、学んでいるようです。
一言、「少なくとも私達がホ-ムステイする家族や学校には、反日感情の人は居ないよ」と、「共産主義って何かな?調べてみようね!」と諭しました。
「百聞は一見にしかず」この春休みには約50名以上の学生を中国に連れて行き、ホ-ムステイをします。
どんな国?と言う第一印象から始まって、笑顔で帰ってくるよう、楽しいプログラムを考えたいと思います。
保護者の方々、先生方のご協力をお願いします。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−114 中国のお正月 2011年02月03日 

 中国では、春節(シュンセツ)と言って、日本のお正月とは違います。
季節の行事などは旧暦を使用するので、今年のお正月は2月3日、となります。
その為、学校関係は、1月15日頃からテストを始め、25日位からすでに春休み、これが2月の2週目位まで続きます。約1カ月です。
会社関係は、2月1日位から徐々にお休みと言うか、年度末を迎え、2月の10日位迄お休みになります。しかし、日本や他の諸国との関係も有り、交代でお休みを取る企業も増えてきましたが、今日の新聞によると、中国関係の仕事や会社が増えて来た為、最近はこの「春節」に併せて、「お休み」とする会社企業が増えてきたようです。
世界の人口の4分の1は、中国系、よって中国人にとって1年で一番楽しい「春節」
なかなか無視できなくなっています。
我が社もこの時期は、中国とのやりとりも出来ず、学校もお休みの為、ひたすら「待ち」の状態です。これをすなわち『華林の開店休業状態』と言います。
明日は節分、各地では色々な行事も有ると思いますが、大勢で過ごす「行事」はどの国にとっても楽しいものです。皆様も四季折々、色々お楽しみ下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−113 日本の良さ 2011年02月03日 

 この題名に有るように海外から日本を見ると「日本っていいな」と思います。
まずは治安の良い事、食事が多種多様な事、お年寄りが健康で長生きである事(お年寄りがお化粧をすることが中国では驚きなのです)、そして自由に言論が、良いも悪いも言える事。
今、エジプトでの騒動でも、インタ-ネットが使えなくなったり、色々と規制が有るようですが、その点日本は、自由ですよね。当局によって阻止される事はないかと思います。しかし反社会的な言動に対ししては、普通の人がそれを阻止すると言う、そういうモラルが行きとどいている気がします。
又、食事の面ですが、有る中国の友曰く、「日本は中華も、洋食も和食も、何でもメニュ-が豊富で気軽に食べられ、非常にうらやましい!」と、私から見れば「中華も色々とバラエチィ-が有り安くておいしいけど」と反論すると、「中華は中華、その範囲での食事は有るけど、日本のように、多国籍と言うか、食べたいものがすぐに食べれる国はなかなかないよ!」との事。余りに日常的にあれこれと食事をとっているせいか、そのありがたみがなかなか口に出す事はなかったのですが言われてみればそうかも!
そしてこの自然、四季折々の風景、おいしい水、普通の日本が実は海外から見るとものすごく素敵な国だった、と思えます。
見方を変えると、不平不満は数々あれど、実はそれも小さい幸せだったり、、。
あわてて朝ご飯に食べた「お茶漬け」も、「おいしい」!と思って味わって食べれば、1日ハッピィ-だったかも!

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−112 大雪 2011年02月03日 

  日本各地では大雪の様子が伝わってきます。わが故郷島根県でも大雪とか聞きます。
昔、と言っても子どもの頃、「かまくら」など作って遊んだ記憶が有るので、「雪」は身近な物でしたが、関西から東京へ引っ越して以来、「雪」には無縁でした。
この東京はからから天気、事務所に居ると、日差しが暖かく、本当に東京は住みやすい所だと思います。テレビでは大雪のニュ-ス、「大変だな!」と思いつつ、自然の力になすすべもなく、見ている、耐えているだけですね。
有る人が「やはり中国の旧暦は正確だ、今の時期が一番寒いんだ」と言いつつ、「春節」の時期の正統性を訴えています。何の事はない、ただ今日明日は会社を休んで良いか!と訴えているだけでした。
山陰地方の皆さん、怪我しないように雪下ろしがんばって下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−111 今年も宜しくおねがい申し上げます 2011年01月11日 

 2011年が明け、皆様新しい年をお迎えの事と思います。今年も世界が平和に、そして幸せになるよう心より祈っています。
年明けから皆様からお年賀状を頂き、誠にありがとうございます。弊社では年賀はがきを送るより、1年を振り返り、又新しい1年のご案内に、と、「華林新聞」と称して、封書にてお年賀代わりに送らせて頂いております。
毎年、あれでもないこれでもないと、大騒ぎなどして、作成しておりますが今年は手書きに、コピ-に、と、節約タイプにてお送りしております。何かとお見苦しい点も有ったかと思いますが、お読み頂ければ幸いです。
文章を書くのは嫌いではありませんが、しばし時間がかかります。
精神統一とでも言いましょうか、電話とか会話とか、一旦途切れさせ、パソコンに向かいます。
元来本を読む事は好きなので、読む事も書く事も苦にはなりませんが、それには、「出遇い」が必要です。
「そうだ!これを書こう!」と思った時に、メモでもすれば、このコ-ナ-も充実すると思いますが、何せ『ずぼら』な性格ですので、つい、その餌を逃してしまいます。
今年は、メモをする習慣を身につけないといけないな!とも思います。
1月は、間が空いたようにボッ-と過ごしておりますが、少しづつ、仕事が動き出しております。
本当にありがたい事と思います。
仕事が有る内が華!いつも言い聞かせて、過ごしております。
今年も皆様とのご縁を大切に、何卒宜しくお願い申し上げます。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−110 講演会 2010年12月03日 

 「え~っ!」と驚かれるかもしれませんが、東京近郊の某高校で、80分の講演会を行いました。
総勢1000名、高校1年から3年迄の男女共学の進学校です。
きっかけは進路指導の先生と、長年知り合いは知り合いですが、あまりお話しする機会もなく、海外へ行った際の空き時間で、少し会社の事、交流の事等お話しする機会が有り、「是非うちの子供たちへ話しをして欲しい」という事で今回の講演会となった訳です。
もちろん緊張しましたよ。謝礼ももらった訳ですから、そんなに生半可な話では申し訳ないと、一応、頭の中に、原稿を浮かべ、70分話しをさせて頂きました。
内容は、『名前』の話から「どうして中国と関わったか」とか、若い時代からのスト-リ-を交じえて、ちょうど彼らたちと同じ高校生の時に「中国語をやってみたら」という先生と出会い、大学へ行った、という話です。
その先生は、『そんな事話したっけ!??』と覚えてはいませんでしたが、私の人生を替えるに十分な助言でした。
そんな事を話しながら70分、一応、満足(自分的に)にお話しさせていただきました。
帰ってから、弊社のHPを開いて頂いた生徒さんも有るかと思います。終わってから1人の生徒さんが中国から日本に来て、今日本で住んでいると言う女子生徒さんが、挨拶に来られました。
男の子もかわいいけど、女の子もかわいいですね!
是非夢を持って頑張ってほしいです。ありがとうございました。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−109 秋今日この頃 2010年11月29日 

 大変お久しぶりです。このエッセイ、まったくもって、2か月は休止状態だったかと思います。とにもかくにもお待たせいたしております。すみません。
つれづれなるままに、少し近況報告とさせていただきます。
この9月~10月、これ迄で一番忙しい日々を送らせて頂いたかと思います。有りがたい事と感謝申し上げます。
実は、これまで得意?としておりました子どもの交流、日中青少年ホームステイ交流が25年を迎え、佛教関係のツア-では20周年を迎え、それぞれ節目の年に当たり、日本からは行く、中国からは来る、と言う二重のお仕事が重なり、日本と中国を行き来しておりました。
ラボ国際交流センタ-と北京の月壇中学との交流は25周年記念式典が東京で行われ、手作りの、自分たちの(子ども達の)お祝いの会が行われ、それはそれは暖かい雰囲気の中、中国側はもちろんの事、参加された関係者並びに関係各位の方々に、素晴らしい未来への約束が出来ました。
きっと25年で終わることなく、これからも継続される事と確信しております。
又佛教関係では、中国観音霊場会と普陀山佛教協会が交流を始めて20年です。これまで幾多の困難が有りましたが、ここまで来ることが出来ました。これも継続発展していく事と思います。
併せて感謝申し上げます。
しかし
この時期尖閣列島問題の発生と同時の出来事でしたので、この間、そして今も私の心は晴れません。
ちょうど9月の初めは、中国に居ましたので、日本での報道は見ておらず、又その最中も中国に居ましたので、小さい記事の反日デモの記事のみ、見ておりました。そのせいか、皆様の反応よりかなり鈍感な部分でいたのかもしれませんが、残念ながら旅行と言う媒体はやはり「楽しく」が非常に重要ですので、キャンセルになったツア-も有りました。
それはそれで逆に、忙しかった私には、お年玉のように、少し休むことが出来ましたが、やはり心は晴れません。
歴史的な事、政治的な事を議論できるほど知識も持っておりませんが、先の活動の中で、何が一番大事だったかと言いますと、「心」でした。相手を思いやる気持ち、いたわる気持ち、そして前を見る勇気、日本と中国の交流には、「人の心」が必要です。綺麗事と言われるかもしれませんが、待っていてくれる人が有れば、是非行きたいものです。
どうぞ、今後共関係者のご協力のもと、一歩一歩進んでいきたいと思います。
関係者の皆様誠にありがとうございました。
今後も日本と中国の真ん中に生きる華林に、温かいご声援を宜しくお願い申し上げます。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−108 高校生海外研修 2010年11月29日 

 弊社はご存知のように、日本全国からお客様を募集して、中国へ行くツア-形式ではありません。ある程度まとまった団体からの要請を受け、交流を手配し一緒に中国へ行くと言うツア-形式です。
その中で神奈川県の私立高校の海外研修を担当させて頂いております。
今回で5回目になりますが、各年、中国と日本又はインフルエンザ、などと、日本国内旅行とは違い、多々問題が発生します。
時期が悪いのかな?とも思いますが、順調に行く団体より、何か困難が有る方が弊社の力は発揮できると思います。ファイトが涌くと言うか、いつも以上に「楽しかった」と言ってもらい、「行って良かった」と言われたい、そうしなければ、華林が引き受けた甲斐がないとでも申しましょうか、気が済まないと言う変わった性格をしております。
今回も又、先の問題発生で、保護者の方々より「大丈夫?」とのご指摘を頂き、改めて参加の是非を問い、出発致しました。
それで??と言われましたら、一言「楽しかった」と言う結論です。
高校生2年の男子達ですが、行く前は、出し物の練習もしていないし、交流相手は女子が多いし、なんとなく消極的草色系男子のようで、大いに心配でした。私の方こそ、参加のみんなに「大丈夫?」と母心で声をかけ、表面では大丈夫、心では、「大丈夫かいな!」と言う感じ!
上海の交流、昼間は自由行動にて上海の街を歩き、夜は立食の交流会、ここで出し物をするのですが、幸か不幸か、上海の校長先生が怪我をして、交流会欠席との情報、「やった!」と私はにやり、これで、少しは肩の荷が下り、自由にやれる、と言う事になりました。
一応学校行事なので、司会から、校長挨拶から、感想から、など、形式的なプログラムが用意されていましたが、こうなれば、学生達に「自由にやって!」と、その結果、なんと、学生たちは生徒会長を中心に司会、進行、そして出し物、やってくれました。
男子のノリで、そして野球部のノリで、、、、。
いったい何をするのかいな!と上海の先生たちも興味深々で、他人事のように、見ておりました。
やる時はやるものです。ふざけるのではなく、楽しむのです。歌あり踊り有りダジャレあり、上海の学生を巻き込んで最後はみんなで作った手のア-チをくぐり、サヨナラでした。涙こそ有りませんが、満足感は有ったと思います。
最後、「やった-!」と声掛け合い、終了、もちろんプログラムはこれだけでなく、話題の上海万博、しかも中国館見学や杭州への小旅行も行いましたが、彼らの感想は「交流会おもしろかった、上海に来て良かった」と言ってくれました。
旅行で少し経験をして大きくなって帰国してくれたのではないかと思います。それは私が作ったのではなく、彼ら自身が作った経験であり旅行です。
「縁」と言う言葉を良く使いますが、まさに上海を選んでくれてありがとう!そして又、いつか縁が有れば会いましょう。感謝感謝です。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−107 キャンプ終了④ 2010年09月06日 

 色々なエピソ-ドがたくさんあります。終了後の先生方のお話に中にも、良い話や助けあった話、普段見せない面を出した生徒、たくさんのエピソ-ドをお聞きしました。
やはり中学生は毎日伸びるんですよ。それには環境とかきっかけとかが必要です。
先生の一言、仲間の一言、そして周りの大人の一言や行動が、何気ない事が大きく影響するこの世代だと思います。
まだまだ知らない出来事がきっといっぱいあったと思います。みんな成長しました。
300人、何か得た物が有ったと信じたいと思います。
学校で見た300人、横浜で見た300人の数が、黒姫の山の中では、ちっぽけな小さな集団の大きさでした。大自然の中では人間は無力です。大きな木の下、大きな土の上、人間はその中でエネルギ-をもらうのだと、実感です。
今日から2学期が始まりました。この夏休みの行事をどのように感じてくれているのでしょうか。
毎日の学校生活は単調かもしれませんが、私達が行う行事で、何気ない一言や行動を子どもたちに配りたいと思っています。次はなんでしょうか!楽しみです。次も(は?)失敗しないよう頑張ります。
皆さんありがとうございました。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−106 キャンプ終了③ 2010年09月06日 

 有る生徒さんが、『具合が悪い』と、ずっと医務室に居ました。医務室の先生によると少し精神的に不安定と言うか、おなじロッジの生徒さんと旨く行かないようで、食事もあまりしていなかったようです。
身体は大きいのですが、その分、ものすごく繊細な感じの生徒さんで、先生も有る程度判っているようで、「ここに寝かしておきますが、自分で起きれるので大丈夫です。おにぎりでも作ってくれませんか?」と。
それで、一個作って渡すと、ペロ!
「もしかしておなかすいてる?」「はい!」と言う訳で、ロッジではなかなか食べれなかったようで、おおきいおにぎり三つも食べました。
お風呂も入っていないようでしたので、疲労困憊、すぐに部屋へ帰るよう先生と相談してみんなが居ない内にお風呂へ。「○○君って良い名前だね!」と声かけると
「はい!ありがとうございます」との返事。
一安心です。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−105 キャンプ終了② 2010年09月06日 

  みんなでハイキングへ行った時の事です。私は帰りを待っていましたが、中学一年生の小さい子がさすが体力的に大変だったらしく、泣きながら帰ってきました。
そばで先生が付きっきりで、声をかけ「がんばれ!もうすこしだ!」と。
とうとう泣きながらゴ-ルイン、その後、ばつが悪いのか医務室へ行きましたが、本人は、疲れと戸惑いと、どうして良いか分からず医務室へ行ったようです。
あとで医務室の先生に聞くと案の定、『大した事ない』との事。こんなに長く家を離れて、過酷?な行事で、泣きながら少し大人になる過程の戸惑いかもしれません。涙を流した分だけ大きくなるよ!来年は二年生、がんばりましょう。
こういう場面がみられるこの仕事、最高だと思いませんか!!

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−104 キャンプ終了① 2010年09月06日 

 先月から書いておりました夏の黒姫山キャンプが終わりました。関係者の皆様お疲れさまでした。
得る事の多い経験をさせて頂きました。会社創設以来初の経験です。本当に初心者で申し訳なかったと思いますが、基本、関わっている人が楽しければ『成功』と言えるのでは、と自己満足部分と、「ある種の後悔」と少し複雑ではありますが事故もなく、無事大勢のお子さん達をお返し出来た事は一安心です。
人間、いつでも「学習」ですね。頭と体で考えていてはだめですね。何せ、ご飯を盛る時の牛丼の量が判らず、280人目以降の生徒さんや先生には、最初の子の半分以下と言う、ものすごい結果になり、今でも思い出すと心苦しくお詫び申し上げます。
私のような大雑把な性格はダメですね!
何とかなる!と常に思うのであります。
どうしよう!卵どんぶりにでもするか!卵有る?等と長谷川さんと頭を抱えていたら、
「しょうがないもう一度作るよ!」と現地の食材の会社の方のお言葉!残りの10人分の牛丼を作って頂きました。
又何とか、なった!と安心しては行けません。十分反省しております。
ごめんなさい!
一つエピソ-ド。
この時、生徒の一人が「えっ!無いの?!」と声を上げるとボランティアの方が一言
「人生にはこんな事も有るもんだ!」と。
思わず固まってしまいました。
その生徒さんはその後、じっと待っていてくれ、作りなおした牛丼を食べましたよ。
きゅうりとトマトは大盛りで出しましたけど!

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−103 訪日団 2010年07月30日 

 この所新聞紙上に中国からの訪日団が増えてきたとの報道が有りますね。地方の活性化にも良いし何より、日本での大量の買い物、それだけでも日本経済にとっては良い事でしょう。 そこでいつも「華林も?」と聞かれます。
そうです!
弊社でも明らかに日本へ来る団体は増えておりますが、、、実は一般の団体の方は取り扱わない事にしております。
値段の安さでは大手会社の方が安いでしょうし、弊社では、細かいところまで手が届く旅行、と言うか、佛教関係の方々とか役所の方々とか、それなりの方が100%です。
よってどうしても私が随行したり、出来なければ、長谷川さんが同行します。大型バスではなく、専用のドライバ-さん付きの車、結局旅行代金は高くなります。
しかし、それでも良いと、その方が良いと、言われます。
時間の無い方々、効率よく回り、仕事と言うか交流活動をする為には、お金には替えられないと言う方ばかりです。
それでも増えております。弊社だけでもこういう事情ですから、他社さんも大忙しのはずです。

茨城空港に格安航空会社が参入、4000円(片道)と言う数字も出ました。すごいですね。業界上からは考えられません。(限定1便10名のネット販売だそうですが)
でもこれで中国の学生さん達が来てくれたら嬉しいな、と思います。
今年の夏、交流先の北京の学生が、安い料金の航空券がなくなりキャンセルとなりました。1年間待っていたのに、航空券が高く、結局ダメになりました。残念ですね。
交流は相互に行う事が一番効果的です。日本から学生を中国へ連れて行く私は、是非中国の学生にも、日本に来てもらいたいと願っています。
今は『茨城空港にしたら?』と言いたい所ですが、この航空会社は上海便なのです。北京からは遠いですね。
もう少し緩和されたら、学生料金ができるかもしれません。日中間では、是非必要ですよね!!待っています。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−102 お母さん 2010年07月28日 

  新聞の報道で、秋葉原無差別殺人事件の話がありました。小さい頃からお母さんに、色々とうるさく言われ、それを陳述として述べていました。
それを読んで、一つ前のエッセイに、息子の事を書きました。以前には「僕だから、ぐれなかった」と息子に言われてしまいました。そういう中途半端な母親です。紙一重です。
子どもと母の間の溝と言うか、悲しくなりました。そして落ち込んでいます。
自分の息子は大丈夫、と、どの親が言えるのでしょうか?
いまや虐待とか、はては、親の老後の介護の話とか、1人の母親として、心苦しくなる出来事が目に付きます。
そんな折、北京へホ-ムステイ体験をした中学生が、「やっぱりもう一度行きたい」と、この夏休みを利用して再度、訪中、無事帰ってきました。
私へのお礼のメールと同時に、彼らの言葉の中に『強さ』 を感じました。
中学3年生の時に北京のホームステイの友達に出会い、この夏ではなく、大学入試後に再度行けば、と言うアドバイスに、『僕たちは来年以降、大学受験という、年になります、だから今悔いの無いよう、今年1年生の時に行きたいです』と堂々と私を説き伏せました。
『やり残したことがあります』とはっきりと言いました。
初めての中国、何がなんだか分からなかった、と、だからもう一度行きたいと。
もちろん結果は、彼ら自身の内にある満足感が芽生えたのは言うまでもありません。
そして、私は、『両親と先生に感謝して!』と一言、どちらの反対があっても実行できない、高校生1年3人の旅です。理解がないと出来ない体験です。
彼らを信じて送り出してくださった、ご両親、特にお母様の思いは、察するに、余りあります。
今自分の息子が海外研修で出かけ、わずかな時間、又こういう立場の母親でありながら、この体たらく、やはり母の気持ちは、無限のものがあります。
先の報道の被告人は、母の気持ちが、反対に繋がってしまったのかな!と思います。誰でも母親であれば、子を思う気持ちは変わらないと信じたいと思います。
そういう子どもたちに、私たち母親は、どうしたらよいのでしょうか?
自問自答の今日1日でした。
何はともあれ、北京へ行った3人、大きくなって欲しいです。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−101 夏のお掃除 2010年07月28日 

 暑い日が続来ます。何をしても汗が出る。ここで私は、部屋のお掃除。『床拭き』です。よく雑誌などで、年末の大掃除は夏にしたほうが良い、と言う話がありますよね。私も同感です。暑いからこそ動き、大いに水をまき、サッシや、外壁、水道からの水を思いっきりかけても、すぐに蒸発、水まみれになっても、シャワ-で落とす。豪快にお掃除してみてはいかがでしょうか?
今日も、床を拭きました。普段のチョコチョコ、と言う規模ではなく、モップに水を含ませ、大胆に床を拭き掃除。
爽快ですね。
それ以外はさすが体力が持たず、ギブアップですが、シャ-ワ-を浴び、滴る汗文は体重が減ったこと期待しながら、体重計に!500g減っていた、と自己評価、その後、冷たいビ-ルで一人乾杯、きっと元に戻っているだろうな!と満足半分、公開半分、喜ぶのは同居人だけでしょう!
皆さんも夏の暑いとき、クラ-を止め、家中開け放してお掃除はいかがでしょうか?
過去に「お寺の長い廊下を掃除したい」と言ったのは、失言として取り消させて頂きます。
暑い日が続来ます。お体に気をつけて、夏をお楽しみ下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−100 キャンプ 2010年07月28日 

  先日キャンプの話はしましたね。この夏、嬉しいことに、キャンプのお仕事が入り、楽しみにしていると言う話ですが、ここ学生時代以来、キャンプとは無縁の私でした。残念なことに車の運転もしませんので、子どもとの思いではいつも海外です。(と言ってもお余りいい思いでもなく)と言うかそれしか思い浮かびませんでした。しかしここに来て、最近『日本のよさ』に目覚めております。長野県の特産は?とある方に聞かれ「?」と答える自分、本当にすみません。『かつソ-ス』とか「栗おこわ」とか、全く知りませんでした。今年は新入社員のつもりで、このキャンプに取り掛かろうと思っております。皆さん心配しないで下さい。何とかなります。そして楽しいキャンプ期待して下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−099 弱 点 2010年07月25日 

 皆さんの弱点は何ですか?
私は今日敢えて「息子」と書かせて頂きます。
本よりカナダへ研修旅行へ行きました。10日間です。さっきまで、荷物の事とか、もって行くものとか、あれこれし、1人で出かけていきました。
何百回も自分がこの家を出て行っているのにもかかわらず、未だに、息子が出て行く事が不安で、改めて考えると、弱点は『息子』か、と。
しかし、日頃、息子に言っている事は、もし万が一、緊急事態が発生した時には、ママは、お客さんを先に助けるから、あなたは、自力でがんばりなさい、と言い続けてきました。
皆さんは「?」と思うかもしれませんが、実際、息子を同行の旅行で、こういう事態がおこりました。
子どもの旅行で、熱を出した子どもとか大勢居まして、その子達には、熱さ冷ましから、食事の世話とか、かいがいしく行っておりましたが、同時にわが息子も同じく高熱、『あんたは大丈夫よ!』との一言に、彼は何も言えず、すっと我慢していたようです。
他の参加者の方が、『○○君(息子の名前)39度もあるよ!』と言う一言に、今まで他のお子さんには、熱さましやら、かいがいしく動いていた私は、何も成すすべもなく、「大丈夫、がまんしなさい」と一言言っただけで、何もしなかったそうです。(あとから息子曰く)
他の参加者の方が息子に下熱剤を飲ませて頂き、そのまま眠り、ビタミン剤とか、頂いたおかげで、もちろん元気になりました。
しかし問題はこの後、です。
息子は生涯(と言っても17年ですが)忘れることの出来ない、ママが僕を裏切った行為、だそうで、二度と絶対にこの地(内緒)には行かないと心に決めたそうです。
それ以来、私のツア-には絶対に同行しませんし、私も誘いません。
こんな事もあり、家族での旅行は仕事柄、全く少なくなり、息子が海外へ行くのは単独、と言うことが多くなりました。
今回は学校行事なのですが、中学の頃の大胆さの1人旅、を数度成し遂げた度胸とは別に、何だか、不安げに出かけていきました。
親のほうがおろおろするとは、ある程度予想は出来ましたが、ここに再度、鋭い1発が、父親から「夕べうなされる夢を見た、必ず交通安全のお札を持っていけ」との出発1時間前のお言葉。
これが中国国籍の主人からの言葉です。
幸い、お寺から頂いたお札はいっぱいありますので、持たせましたが、この我が家のこの状態、本当に不思議です。
結論は、一言、弱点は息子でした。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−098 キャンプ 2010年07月14日 

  夏です!キャンプです!と言いながら、本格的なキャンプではなく、「仕事」として取り掛かる事になりました。普段の食事もろくに作れない人が、ましてや、キャンプの世話をするなんて、、、。さすがにお客様もあまり私を当てにせず、担当の長谷川さんへ連絡が入るところを見るとやはり傍から見ても、、、。と思いますが、今から楽しみです。
仕事を仕事と考えず、楽しみとして取り組んでいますので、本当に「ワ-イ!ワ-イ!」と騒ぎたい気分です。
何を持って行こうか、何して遊ぼうか、等等不謹慎な事考えております。
隣で長谷川さんは、パソコンとにらめっこです。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−097 涙 2010年07月13日 

  がらりと変わり、皆さんはどうやって泣きますか?最近泣いた事有りますか?
結構泣く事が多く、イメ-ジとしては、歯をくいしばり、耐え忍ぶタイプと見られているようですが、自分でもピ-ピ-とよく涙します。
原因は色々と有りますが、やはり「悔し涙」が多いですかね!思う通りできなかったり、後悔したり、感情が高ぶった時に涙が出てきます。
そう言えば、バスの中で始発から終点まで、「ママがいい」と泣いていた親子連れが居ました。3歳位の男の子、お父さんとではなくて、お母さんが良いそうです。「ママがいい」とずっと泣いていて、周りの乗客の方が飴玉あげたり、なだめたり、でもダメでした。成城の駅から渋谷迄、ずっと泣いていました。
その時に感じた事は泣く事も体力が居るんだな!と言う事、そして若いな!と言う事。
年取ると、なかなか涙は出てきません。と言う事は私は若いのかな!とうぬぼれそうですが、よく泣くのは、以前の事。お客様から、「良く泣いて来たから、今が有るんだよ」と言われました。
そうやって大きくなってきたんだな!と思います。

今は悲しい時はお風呂で泣く事覚えました。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−096 お弁当禁止 2010年07月12日 

  とうとう息子からお弁当作成禁止命令が出てしまいました。夏休み前と言うのと、季節がら傷みやすいと言うのも有ると思いますが、さすがワンパタ-ンは、飽きられました。卵焼きとウインナ-です。私は逆にこれが定番、と無かったら寂しいと思いますが、息子は違うのですね!4月5月は毎日作ったお弁当をチェックされ、6月出張が多く、出来ない日が続き、さすが毎朝の口げんかも頭に来るので、作らなくなったら、本人は案外ほっとした感じです。これだけが親としての仕事かも!と自負しておりましたが一旦辞めてしまうと内心私もホットしました。そうやって子どもは成長するもんでしょうか!せめて家に居る時は夕ご飯は作ろうと心に決めた私でした。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−095 6月ですね~! 2010年06月04日 

 もう6月になりました。そしてこのペ-ジも、6月3日に書き込んでおります。
月日の経つのも早いものと思いますが、今年の4月~5月、一体自分は何をしていたのか、と思いだされるほど早く過ぎて行きました。
遊んでいたと言う事はないので、毎日毎日、1時間1時間、精いっぱい動いていました。
働いてばかり、と言いたい所ですが、仕事以外の事も精一杯やったと言う満足感は有ります。
幸いな事に、すべてが100%とは行きませんが、自分の持てる力と能力と、使って、そして時間を過ごした、と言う実感です。
「疲れた」と言うのとは違う、何か使命感のようなものに苛まれていたような気がします。
何かが私を動かしていたのかもしれません。
仕事は順調に動いております。しばらくご無沙汰してしまいましたので、このページをお借りして、皆様へご報告申し上げます。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−094 学級委員 2010年04月07日 

 私には1人、息子がおります。高校生なのですが、こういう外に出る仕事ですので、これまで小さい時は別にして、大きくなるにつれて、ほったらかし、と言う状態でした。言い訳をすれば、やるべき事はやっているつもりですが、息子曰く「僕だったからぐれないで育ったけど、普通ならまともに育たないよ」と言ってくれます。しかしながら、家に居る時は、朝お弁当を作り、、、ですが、昨日「おいしくないから作らなくて良い」と言われてしまいました。この話でもへこみますが、よって、ここでこの題に有る「学級委員」です。
4月の保護者会に、どこでもそうだと思いますが、20分以上、手が上がらず、ずっと先生が、保護者の方へお願いしていらっしゃいました。ダメだ!ここで手を挙げては、自業自得で、我首を絞める事に、と言うささやきと、何とかなるんじゃない!先生がかわいそうよ!お世話になっているんだから!等と言うささやきと、20分以上はもたない頭でしたので、「私がやります!」と手を挙げてしまいました。
息子に話すべきかどうか、いづれは判るし、きっと「辞めてよ!」と言われるな!とか想像しましたが、結局学級委員になりました。なってみると、本当に何とかなるし、出来ない時は、代わってもらえば良い、と腹をくくって、いそいそと自分のスケジュ-ルの中に「PTA」と書き込んでいます。
会社の黒板にも[PTAリン不在]の文字が、、、。
息子は!と言えば、ある会合に、「1時からだよ。遅れないように!」とメールで知らせてくれる程、心配で心配でしょうがないようです。日頃の私の様子から「ドジる」と、思っているようです。
早速やりました!PTAの方どうし、メールの交換が有り、私は、結局自分の携帯アドレスとか操作方法が判らず、家に帰ってから、本を読んで、やっと皆さんへメールが届けられました。ほんと冷や汗ものでした。いかに日頃、長谷川さんにお世話になっているか実感した1日でした。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−093 パンダ 2010年04月07日 

 この春、上海動物園へ行きました。
 動物園と言えば、何といっても「パンダ」、なんと上海万博にお披露目するために現在10頭が上海動物園にいます。過去に、成都のパンダ飼育研究所には、たくさんのパンダがいたのですが、四川省地震の為、各地へ分散、又今年は特に上海万博に出る為、8頭が新たに、この動物園に来ました。動物園の前の道は修理中、あと数日の万博には間に合うと思いますが、幸治中の中、恐る恐る値上げした入場料を支払い、中へ。
 するとパンダ館に、いました。それも元気良く本当に動き回っています。従来から上海にいるパンダ2頭は、もう年寄りで午後の2時、この時間は何時もお昼寝ですが、今回は違います。
 騒ぐ、走る、喧嘩する、じゃれる、まったくじっとしていません。パンダの方から私達が見えるのか、ガラスの壁に顔を押し付けたり、背中を向けたり、まったく飽きることなく、写真を撮り続けました。わが子でもこんなにたくさん撮った事はありません。あの愛らしいしぐさと姿、神様がくれた宝物ですね。皆さん、後で写真をアップしますので、どうぞお楽しみ下さい。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−092 最近の中国ー上海 2010年04月06日 

 上海万博まで、後1か月を切りました。道路工事もほぼ終わり、私が行った3月末から4月は、ちょうど道路の開通や、試験的にオ-プンしたところとか、それなりに賑わっていました。まず、「道路」、皆さん外灘の付近は行った事が有りますね。あの外灘が、ずっと延長して、河のほとりをまっすぐに長く歩く事が出来ます。又その前の道路、通りましたよね。その路に沿って万博会場へ行くのですが、道が少し狭くなっています。緑の緑化道路になりました。狭くなって大変だと思ったら、なんとその下に6車線の道路が有るのです。上は4車線、下(地下)は6車線、それを行くと万博会場につながります。何という発想、上が混雑しているなら、地下へ、と言う話ですね。それに伴い、地下鉄も充実しています。北京オリンピックでも、地下鉄の方が便利で安い、と感じましたが、この上海も例外ではありません。そのアクセスは、東京を目指しているようです。上海は海の上、とかく位昔は、揚子江の土砂がたまりできた、田舎の町でしたが、今や世界に誇る大都市になりました。そう言えば、「虹橋空港」も新装オ-プンです。いつの間に、と言うスピ-ドで、皆さん驚かれると思います。
 中国の工事は早い!国際空港としても使用されていますから、何かの機会にぜひ比べてみて下さい。
 以前の空港はあとかたもなく、巨大な空港、そして便利な空港が出来ています。
 上海万博、最大規模の万博になるそうです。弊社でもツア-を作って、古い上海と新しい上海、皆さんと楽しみたいと思います。是非今年上海へ行きましょう。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−091 3月 ホームスティ交流×2 2010年04月05日 

 お蔭様でこの3月は大変忙しい月でした。すべてが学生の団体です。春休みは、短い分、予定が立てやすいのかもしれませんが、弊社では、得意とする「ホ-ムステイ交流」が2団体有りました。1つは25年、継続してきた交流です。北京での25周年記念式典が有り、盛大なものになりましたが、偉い方々のお祝いの言葉より、25年間この交流に実際に参加したOBの話、現役の学生の感想、心を打たれるものが有ります。
 日頃からこの交流が、子どもたちにとって、大変な過酷なもの、と思いつつ、乗り越えた時に、感動と経験が子どもの力になると確信している私には、過去の思い出と共に、「良く頑張った」と1人1人に拍手を送りたい気分になります。
 実際、行く前の不安げな顔と、終わった後の顔と、その違いを毎年見られるだけで、幸せな気持ちになります。今年ももちろん、ありました。そのお話は、話題を変えてご報告します。皆さんありがとうございました。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−090 3月その① 2010年04月05日 

 私がお世話している子どもたちはただ単に行って、ホ-ムステイして、そして感動して、と言う簡単な道ではありません。行く前に、事前の勉強、オリエンテ- ション、説明はもちろんの事、相手のある事ですから、お互いに責任ある子どもたちの名簿を突き合わせ、相手を決めます。よって、だれでも彼でもではなく、信頼できる団体や学校同士がこのホ-ムステイ交流を行います。しかしながら文化の違い習慣の違い等が有る訳ですから、多々問題は発生しますが、それはお互いの信頼のもとに必ず解決します。
 まず中国では、このホ-ムステイをかなり高いレベルの交流と位置付け、保護者への説明を細かく行います。又来る団体の説明や、その意義等も生徒に話します。受けた生徒にしてみれば、どんな学生が来るのか、興味深々ですし、親御さんも受け入れ準備で、あれこれ大変です。中国には、「朋遠方より来たる、又楽しからずや」と言うように、友人をもてなすのは、大変嬉しい事と有ります。まだ見ぬ友人ではありますが、その団体名や学校名により、毎年の事ですからやはり親しみを持って待っていてくれます。
 少なくともこの交流に参加してくれる双方の学生は、「相互信頼」の中で、守られ、その体験が出来るのです。その事を考えるとやはり「継続は力なり」です。 25年と言う歳月、7年と言う歳月、簡単に作られる物ではありません。
 是非、今後チャンスが有れば、中国へのホ-ムステイ交流に参加してみて下さい。待っています。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−089 3月その② 2010年04月05日 

 中学3年生をホ-ムステイ交流へ連れて行きました。高校受験がない為、この時期と言うのも1つの理由ですが、長年この交流をやって来て、「効果」が有るのが、中学生時代かと思っています。小学生の時は「楽しかった」の感想が多いです。中学1年生の時は個人差が有りますが、2年3年となってくるとどうしても将来は何になるとか、大学受験とか、が、目の前に来る年頃です。そんな時に、中国の同世代の学生が、とにかく「勉強」している様子、自分の将来がはっきりしている様子、半面、自分のしゃべった英語が通じなかった、上手くコミュニケ-ションが取れなかった、と体験し、「やっぱりやらないといけない」と自分で感じる事が出来るのです。
 この時期の子どもたちにとって、自分自身で気づく、と言う事は大変大きい事だと思います。
 もちろん勉強だけではないのですが、勉強をやる時期でもあります。学校ではなんとなく、「やらなきゃ」と思いつつ、きっかけがなく、又ジレンマもあり、そんな複雑な年頃、本人は何かのきっかけが欲しいと思います。
 中国は外国です、しかし、隣の国です。お隣は何しているか、知る事も必要です。だからまだ守られている環境の中、こういう過酷な体験をする事は、冒険ではありますが、やってみる価値はあると思います。全員が全員感動で、みんな勉強するようになった等とは言いません。しかし何か感じて、何か気付いて、いつか花を咲かせてくれると思います。帰ってきた学生の顔が、行く前の顔とまったく違い「みんな前を向いている」と思いました。下を見て歩くのではなく、前を向いて、上を向いて堂々と帰ってきました。いつか、将来、「楽しかった」と言ってもらえたら嬉しいです。お疲れさまでした。そしてありがとうございました。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−088 3月その③ 2010年04月05日 

 この3月、忙しい毎日でしたが、弊社には、長谷川さんと言う力強いスタッフがいます。しかしながら、3月は取り扱っている人数も人数で、やや、「人手」の面では、不安と言うか心配が有りました。もちろん中国では、部分部分、現地のガイドさんにお世話になりましたが、私には、物足りず、「役に立たないガイドなら、いらん!」という具合に私のわがままに付き合ってくれる人と言うのは、なかなか居ません。今回は北京事務所の王さんが急用の為、北京に居ませんでしたので、以前弊社で働いてもらった「山下さん」(旧姓中里さん)が急遽、駆け付けてくれました。
あの団、この団、と動き回ってくれ、大いに戦力になりました。今は天津に、ご主人と暮らしていますが、私の無鉄砲さも了解済みなので、それなりに動いてくれ、彼女が会社にいた時を思い出しました。丁度「サ-ズ」の時で、仕事もなく、と言ってもすべて「中国旅行延期」を余儀なくされ、手持無沙汰で、2人毎日出勤するも、仕事の電話もなく、あえてパソコンで、仕事のふりをしていました。やはり仕事がない会社には居づらなかったのでしょう。1度退職し、今回は中国で、手伝ってもらう事になりました。
忙しい3月、一応活気にあふれている弊社の事をものすごく喜んでくれ、電話1本で駆けつけてくれる人がいると言う幸せに、ほっとしています。船の旅行も 321名でしたが、我々2人の他、友人や元旅行社の同僚等に手伝ってもらい、やり遂げました。社会に入ると持つべきものは「朋」と思います。この3月乗り切れたのは、周りの温かい応援とお客様のご理解だったと心より感謝申し上げます。ありがとうございました。                                                  林 淑英

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 エッセイ L−087 読 書 2010年02月05日 

 皆さん、読書はしていらっしゃいますか?私も「本」を読む事が好きで、時間が有れば、本屋さんへ立ち寄るタイプです。しかし、読んでいる割には頭に入っていないと言うか、覚えていないと言うか、感覚で、本を選んだり、読んだりしているらしく、良く同じ本を2冊買う事が有ります。特に月刊誌がそうです。よって、その1冊は、会社に持って行き、(家に置いておくとバレて怒られる)長谷川さんへ差しあげる事となります。しかし家人に言わせると、私の読書は「睡眠薬」なのだそうです。本を読むために、早めにベッドで、灯りをつけ、読み始めます。これが私の大変素晴らしい時間なのですが、いつの間にか眠ってしまうのです。本に囲まれ、眠ると言う、大変実用的効果で、毎日を過ごしています。もっぱらその灯りを消すのは、家人2人の役目です。時間帯も決まっているらしく(本人には分かりませんが)その時間が来ると2人で掛け合って、灯りを消しに、入るのだそうです。ですからこの2人にとって、読書、とは言わず、「寝るだけの為の作業」だそうです。明日の休みも、読むぞ~!!(寝るぞ~と言う事らしい)

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 エッセイ L−086 オーロラ  2010年02月03日 

 度々、この「オ-ロラ」の話をし、その写真家の中垣さんのお話もさせて頂いております。その甲斐あって4月に、島根・鳥取にて、いくつかの講演会をしていただく機会が出来ました。中垣さんのお人柄でしょうね。「是非!」と言う方々が、声をかけて下さり、我友人の学校「松江開星高等学校」でもお話して頂く事になりました。「縁」に恵まれ、本当に感謝です。
私は世界中というか、海、山、大地、砂漠等自然界の大自然の風景は、大体見ています。
人生観が変わる位の世界の素晴らしさ、やはり旅は、建物を見に行くのではなく、「人」とか「自然」の方がインパクトがありますよね。そこで、今度は是非「オ-ロラ」を見たいものです。
これは自然と言うより「宇宙」ですね。人間界から飛び出た風景でしょうね。
今、いつも、「行きたい」と念じています。先の友人や、「閑」と「お金」が有りそうな友人に声を駆け回って、仕事というより「趣味」として、一緒に行きたいと念じています。興味のある方は是非声をかけて下さい。お待ちしております。一緒に行きましょう。

                                                  林 淑英

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 エッセイ L−085 仏 像 2010年02月02日 

 今やちょっとした「仏像ブ-ム」ですね。テレビでも特集をしたり、又見方等の本も出たり、お寺へはお参りに行くものだと思っていましたが、最近は「仏像」を見に行く若い方も多いようです。
日本での阿修羅展は各地とも記録的な動員数だったと聞いています。私が知っているお寺にもたくさんの仏像が有りますが、中でも「楊貴妃観音」と言う名前は聞いた事があると思います。京都泉涌寺に有る需要文化財の仏像です。そのお姿は楊貴妃のように美しく、又別の言われでは、「楊枝ようじ観音」が、「ようきひ」に換わったとか言われております。普陀山には、このような仏像はすでに無く、(ある時すべて破壊された?)国宝級の有名なものは石碑に彫られた「楊枝観音像」です。
今では、拓本を取る事さえ禁止され、一般公開もされず、ひっそりと普陀山のお堂の中に保存されております。今度何かの機会が有れば、是非日本でこの楊枝観音を公開したいものだと、少し思っていたら、少し希望が見えてきました。又発表したいと思いますが、1体、自分の好きな仏像があると楽しいかもしれません。ちなみに、楊貴妃観音は普陀山から請来したものだと発表されました。どこにでもご縁は有るものです。合掌
                                                  林 淑英

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 エッセイ L−084 お 札 2010年02月01日 

 お正月と言えば、「お年玉」ですね!もらう方からあげる方になりましたが、それも又嬉しいものです。
日本では、「新札」を渡しますね。そう言えば、行きつけの美容室は、おつりは何時も「新札」です。日本では、一種のマナ-と言うか、これも文化の一つでしょうか。
しかし、中国は違います。私の思いだけかもしれませんが、北京の王さんから教わった事です。「新札」だと、人は「偽札?かも」と一瞬疑うようです。中国には偽札が有ります。14億の人間、他国との陸続きの国、いろんな人がいますから、100元札をもらった時は、皆さん「透かし」を覗きこみます。中国では、受け取った時点で、きちんと言わなければ、その人のミスになるのです。ですから買い物の際に、自分の出したお札をじっと見られたり、又は偽札防止の機会にかけられたりすることは多々あります。これは中国では普通の事ですから、いやだな!と思わないでください。よって新札だとその確率は高くなりますね!ましてや、第1回目に使用するものですから、余計にじっと見られます。
よって中国の場合、お年玉やさい銭等、新札でなくても構いません。むしろ問題は、その「色」です。
一番大きい額面のお金は「100元=約1400円」です。この100元札は、「赤」です。
そうなんです。赤は中国人の好きな色、縁起の良い色、とも言えます。ですからお年玉は、縁起も担いで、100元札、そして枚数、中国での好きな数字は? 8とか9とか、ですね。それも関係してくるかもしれません。そう言えば、私が関わっている普陀山でのおさい銭は小銭ではなく、この「100元」です。縁起を担ぐのと同時に、めったに行けない佛教聖地ですから、皆さん思いを込めてお賽銭にします。 「文化」は、色々な面を持っていますね。
                                                  林 淑英

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 エッセイ L−083 春 節 2010年01月29日 

 春節(しゅんせつ)と読みます。中国のお正月の事です。今年は2月14日、日本ではバレンタインデ-ですね。中国も最近は、バレンタインデ-が有名になって来ておりますので、重なり楽しい1日となると思います。中国は、今も行事は旧暦で行っていますので、1月1日よりもこの旧正月の春節が1年で一番、楽しい、嬉しい日です。遠くへ行った家族が帰ってきたり、そのお土産の準備をしたり、レストランを予約したり、年賀状もこの時期です。まったくそういう意味では日本の正月の過ごし方と同じです。

この3月に弊社のプログラムに「ホ-ムステイ」の企画が有ります。学生たちが、北京の子ども達と3日間、一緒に過ごすプログラムです。すでに自分の相手(ホスト)が決まり、みんなに「年賀状書いたら」と提案しました。今頃、14日に向けて、色々と英語、中国語、日本語、駆使して、カ-ドを書いていると思います。中に、その近辺に、ホストのお誕生日がある子どもがいました。一言「お誕生日のお祝いも書いてあげたら喜ぶと思うよ」と声かけて置いたら、早速取り組んでいるようです。「北京に手紙着くまで何日かかりますか?出来ればその日にぴったりに届くように手紙を書きたいので」と言ってきました。もちろんそれは誰も決定できない日数ですが、その気持ちは伝わると思います。人はやっぱりやさしいと感じました。楽しい春節になると思います。
                                                  林 淑英

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 エッセイ L−082 やきいも 2010年01月25日 

 この時期、温かい「やきいも」が食べたくなりますね。実はこの焼き芋で、1つ、お話が、、、。
今朝、駅の階段にて偶然にYさんとお会いしました。「おはよう!!」と言う声を掛け合いながら、3年前の出来事思い出しました。駅へは、自転車で通っているのですが、駅前の駐輪所に自転車を止め、駅に向かい、改札でふと「財布と定期」を忘れた事に気づき、再度駐輪場に戻り、家へ帰ろうとした時に、この方に、呼び止められ、「どうした??」との言葉に、「これこれしかじか」と、そしたら「千円貸してやろうか!」との声、悪いとは思いつつ、1.000円お借りし、会社へ行きました。
(中国では社長と言う物は絶対に運転手付自家用車らしく、ママチャリ通勤の私の話はびっくりらしいです。)
帰りに、ふと八百屋でおいしい焼き芋を見つけ、それを買って、Yさんへ、借りた1.000円と利子代わりに焼き芋を、受け取って頂きました。それ以来毎朝駐輪所での会話から、私に時間がある時には、いつも仕事の話をつい、話込み、いつしか「俺も中国へ行きたいな」と言う話になりました。
きっと定年後のこの駐輪所の監視員のお仕事だったと思います。それからお見かけしなくなり、今朝久しぶりにお会いしました。どこに住んでいらっしゃるか、どんな方か、今となっては、知る事も出来ず、一時のお友達です。これも焼き芋の取り持つ「縁」ですかね!
                                                 林 淑英

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 エッセイ L−081 華林新聞 2009年12月25日 

 新年明けましておめでとうございます。
今年もこの1年が皆様にとって良き年になりますよう、心よりお祈り致しております。

今年も又、華林新聞をお届けする事が出来ました。毎年色々な形でのご愛顧と応援、誠にありがとうございます。
お蔭さまで、最近は少しづつ仕事にも幅が出てきたような気がします。昨年もたくさんのお客様と出会い、又たくさんの事学ばせて頂きました。日々精進、日々成長、会社設立22年になりますので、自分たちの事だけでなく、人のお役に立てるような活動もしていきたいと考えております。
幸い、私達には「普陀山」という一つの目標が有ります。昨年発足しましたNPO法人普陀山佛教文化交流協会を有意義に活用して行こうと考えております。どうぞ日々の旅行計画はもちろん、日本と中国をつないだ
「慧蕚大師」のように、多種多様の文化交流を行っていきますので、温かく見守ってください。

皆様のご健康とご多幸をお祈りし、本年も何とぞ宜しくお願い申し上げます。               林 淑英

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 エッセイ L−080 ホームペ-ジ 2009年12月15日 

 「ドリ-ムウエーバ-」というソフトを購入、さすが人任せにはできないと、そのソフトを前に、毎日ため息ついております。御承知のような性格ですので、「誰か助けてくれないか!」と、心で念じながら、今日か、明日か、とにらめっこしております。

 表紙の農民画は、毎月季節に合ったもので変わるようになっておりますし、所蔵の農民画も更新されるようになっております。後は中味の事ですが、、、このエッセイも、自由に掲載できるよう、がんばります。

 そんな訳で、長い目で、見守って頂くようお願い申し上げます。
                                                 林 淑英

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 エッセイ L−079 オーロラ 2009年12月15日 

 「オ-ロラ」って見た事は有りますか?私は長居海外出張生活の中で、1回も見た事有りません。威張って言う事ではないですが、「いつかは見たいな」と思っています。今日ご紹介する「中垣さん」は、このオ-ロラの写真家で、その魅力に魅せられ、毎年海外を飛び回って写真を撮っていらっしゃる方です。

 1度も見たことないオ-ロラと、どうして華林が、、、という事は置いておき、やはり人間は何かのご縁が有るのです。

 そこで今週11/29.30と、新宿と藤沢にて講演会とオ-ロラの撮影上映会が開催されます。

 あいにく、不在にはしておりますが、今からお問い合わせとか期待感がいっぱいで、絶対にご満足いただけるのではないかと思っています。

 人生で何もしなくても生きていけますが、でも何か、動く事で、喜びや楽しみ、そして失敗、経験が一番身に応えると思います。最近ちょっと「失敗」が有り大きい声では言えないですが、落ち込んでいました所、「つれあい」から「失敗が次につながるんだ」と励まされ、自分の身に置き換え、次は、こうしないぞ!と意気込みました。

 但し若い時の失敗は、買ってでもしろ!と言われますが、この歳とキャリアでの失敗は、さすが答えました。

 このオ-ロラが、その失敗を少しでも助けてくれる事になれば、うれしいです。
                                                 林 淑英

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 エッセイ L−078 人形 2009年12月15日 

 以前、有る方から「ひな人形」を頂き、中国の学校へお土産として持って行った事が有ります。日本のひな人形は、まさに「日本」を代表する文化と美が詰まった素晴らしい作品であり、海外では大変喜ばれます。

 しかし昨今の家庭事情からでしょうか、三段飾り、とか五段飾りなどという大きい雛段は消え、お内裏様とお雛様、だけを飾るようになってきたようです。

 京都駅で、「職人」さんが、古いお人形を修理して、リメイクしたものを外国の方々へ、安く売る、という試みをしておられました。

 見違えるほどきれいな人形が、非常に安い料金で、販売されているのです。

 なかなかよい方法だと、感心して見ていました。

 時を同じくして、再び、私の手元に数十個の人形が届きました。「さて!」と考えましたが、まずは、リメイクして海外の方にプレゼントしたいと、今お願いしている所です。

 物を大事にする気持ち、海外の方を思う気持ち、そして日本文化を紹介する機会、やっぱり日本って良い国だと思います。

                                                 林 淑英

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 エッセイ L−077 光華寮 2009年12月15日 

 先日、京都北白川にある「光華寮」を訪ねました。

 知る人ぞ知る、「中国人留学生寮」ですが、京都外大での4年間、ここで暮らしていました。政治的な背景の有る寮では有りますが、今更ながら、この寮がなければ、京都へ出してもらえなかったと思いますし、何らかの「縁」を感じます。

 良く人に言う事に「縁」という言葉を使います。

 高校生の時に先生からの立ち話で「中国語勉強したら良いじゃないか」の一言で、中国語学科を受験し、「光華寮」に入るのだったら「島根を出ても良い」と言われ、その気になり、この寮に入りました。見ると聞くのとは大違い。叔母がここでいわゆる恋愛をし、華僑同志で結婚した事に始まり、父の頭には、「ここで良い人を見つけてくれれば」という思いが有ったのは、事実です。我々在日の華僑にはなかなか恋愛の機会もなく(華僑同志の)、年に1回の「御施餓鬼」の時には、青年会と称して、日本全国から親に連れられ、サ-クルのような合宿生活をして、「恋愛」を探していました。もちろん大学4年間、この寮で色々な思い出が有ります。

 しかし今は、ひっそりと次の世代にどのように引き継がれていくのか、待っています。
                                                 林 淑英

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 エッセイ H-004 チベットに行ってきました!! 2010年06月08日~16日 +おまけの1日 

 ず~っと憧れていたチベットに、添乗に行けるチャンスが巡ってきました!!
西寧から青蔵鉄道に乗って一路ラサへ!私の永遠のライバル、ある取引先の営業マンは果たしてこの鉄道に乗ったことがあるでしょうか・・・しかも一等車!各ベッドにテレビ付!!華林で働いていて良かった~~!!!
不敵な笑みを浮かべていたら、いつの間にか列車は予定時刻の20時50分に西寧の駅を出発しました。

  各ベッドにテレビ付 各車両に洗面所が一つ 酸素吸入口と酸素チューブ

 朝、07:00頃目を覚ますとゴルムド駅(標高2829m)に停車していました。ここで20分の間に、牽引する機関車が交替し、いよいよ列車登山開始です。車内が密閉され、酸素の供給が始まるので、喫煙者はみんなここで最後の一服を楽しんでいました。

  食堂車 朝 食 車内案内も放送もチベット・中・英語で

 09:00頃に雪山玉珠峰、6千メートル級の昆倫山脈、高地では世界最長の昆倫トンネル(標高4648m)を抜け、ココシリ自然保護区に入りました。ここでは野生のシカ・ロバ・カモシカ・ヤク・クマが見られます。各車両には2名の女性の車掌さんがいて、仲良くなると見所が近づくたびに教えてくれます。

 12:00世界最高地にある風火山トンネル(標高4,900m)を通り12:30頃に長江の源流であるトト河を横断。

  ココシリ自然保護区 野生のシカ パンダはいないか! 中国の母、長江の源流 トト河

 15:00に世界最高地にある駅「唐古拉駅」を通過します。以前は記念撮影用に停車したそうですが、列車に乗り遅れ、駅に取り残されるという事態が頻繁に起こったため、今では「ゆっくり通過」となりました。

  最高峰のタングラ駅(5072m) ツォナ湖 放牧地

 16:30に聖なり湖ツォナ湖を通過するあたりで、お客様が1名体調を崩され、大事をとって列車内のお医者さんを呼ぶことに。白衣も医療鞄ももっていない、普通のおじさんがやってきて問診、あっという間に体温と血圧を測り、大きな異常無し、ということでひと安心、ついでに私も血圧を測ってみましたが、高所では血圧が普段の半分ほどになり、体温もぐっと低くなります。

 その測定で、私の体は完全に高度順応しており、現地の方々と全く変わりなく機能しているらしいとわかり、そのお医者さんに「ここに住めば?」と言われました。まぁ、それもいいかな。だってこんなに素晴らしい景色が!!

 砂漠や橋・トンネル・万年雪の平原・富士山の倍もある山々、牧草地に湖、20:30頃にはきれいな夕暮れ・・・と息つく間もないほど、素晴らしい景色に圧倒され、「あの営業マン」はこんな景色見たことないだろうな!と不適に笑っていたら、いつの間にか列車は予定時刻の21:40にラサ駅に到着しました。

 次回はラサの景色をおとどけします。                長谷川

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